【インタビュー】「イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団」日本人元楽団員 神戸光徳インタビュー 1/3

9年ぶりに来日するイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団。2026年にミュンヘン・フィル首席指揮者への就任が決まっている俊英ラハフ・シャニによる指揮や、第18回ショパン国際ピアノコンクール第4位入賞の小林愛実がソリストで登場することで、大きな話題となっています。
2010年から2011年にかけて同楽団に所属し、当時は少なかった外国人メンバーのひとりとして活躍されたティンパニ奏者の神戸光徳さんに、イスラエル・フィルの魅力をうかがいました。(フェニーチェ堺情報誌 転載 取材日:2023年7月10日)

神戸光徳(かんべ みつのり) 

東京芸術大学中退後、マンハッタン音楽院再入学からのエルサレム交響楽団入団。その後イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団にてティンパニ・打楽器奏者として活動。帰国後各地で客演首席として活動しティンパニ奏者としてパシフィックフィルハーモニア東京へ入団。

 

 

—イスラエルには5年住んでいらっしゃいましたが、どんなところでしたか? 

非常に魅力的な場所ですね。 

イスラエルは世界中に散らばっていたユダヤ人が集まって建国されました。ひとくちにユダヤ人といっても、そのなかにはヨーロッパ圏から出てきたグループやアフリカ系中華系、帝政ロシアや崩壊後のソ連から移住してきたグループなどがあって、暮らしてきた文化的背景はバラバラ。生活様式が違うので、日本人の「あうんの呼吸」のような、口にしなくてもわかる“ゆるやかな社会的合意”が共有しにくく、あらゆる場面で『なぜ、そうなのか』『どうして、そう考えるのか』を問われます。 

あちらで最初に覚えたヘブライ語がלמהラマ)】という言葉で、なぜ?という意味なのですが、初対面で自分の名前を名乗ったときにも「なぜだ?」と聞かれたんです。ユダヤ人の名前はたいてい旧約聖書に出てくるもので、それぞれに意味(キャラクター)があるので、「ミツ」という名にも同じ様な由来があるはずだと考えたのでしょう。彼らを飲みに誘ってもすかさず「なぜだ?」と返ってくるのには、さすがに辟易しましたが(笑)。 

 

—ユダヤ人が議論好きと評されるのには、そういった面もあるんですね。 

よくニューヨークは人種の坩堝といわれます。私もマンハッタン音楽院時代に住んでいましたが、基本的には人種が違うだけで言葉も文化もほとんど一緒です。それに対してイスラエルほど多様性に富んだ国はないと思います。子どもの頃から多様性に触れているから、違っているのが当たり前で、どちらかにすり合わせるのではなく違うものが点在・共存している、というのが彼らの社会風景。正解であったり固定観念が持ちにくい反面、変化することにためらいがありません。ダイレクトに本質をつかんで、いま一番良いものをみんなで選ぼうよ、というマインドがあります。それはオーケストラのオーディションにも表れていて、一般的には音楽学校の系統であったり、学んできた奏法が重視されるものですが、音楽の理論的背景がメンバーによってバラバラなイスラエル・フィルでは「まあ、とにかく弾いてみてよ」で始まり、うわべではない“自分の音”を持っていると、「良いものは良い」と評価されます。イスラエル・フィルで振ってきた超一流の指揮者たちが「このオーケストラには独自のサウンドがある」をいっていたところにも、それは表れていた気がします。 

 

—サウンドがあるとは? 

表現するのが難しいのですが、たとえば私が向こうでバイオリンの教授から受けたレッスンでは、1つの音の出し方だけで延々6時間も取り組むんです。「もっとこういう音で」「違う、こうだ」と。そして音がはまった瞬間だけちゃんとほめてくれる。オーケストラでは、音楽の方向性を決めるためにボーイング(弓の動き)を決めるとき、リハーサルを止めて本気の喧嘩が始まったこともありました。「なんでここでダウンにするんだ、おかしい!」「いや、絶対にこっちだ!」と。私がいた頃はよくぶつかっていましたね。そんな練習を重ねてきた人が集まっているから、指揮者が何か要求してきても自分たちがどういう方向性のサウンドを持っているのかについて、共通認識があるんです。むかしクルト・マズア※がイスラエル・フィルで指揮棒を振ったとき、「報酬なんて雀の涙だが、このサウンドがあるから自分はここに来ているんだ」と叫んだそうですよ。
 ※東ドイツ出身。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を長く指揮した。

 

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公演情報

世界最高の弦を心ゆくまで堪能。
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団2023年日本ツアー

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