世界の音楽都市 ~第1回 ベルリン ~
今年も世界各地から多彩な音楽団体を招聘するテンポプリモが、連載企画をスタート!クラシック音楽の歴史と文化が息づく世界の都市を題材に、その魅力を紐解いていきます。執筆は、古楽やオペラを中心に執筆・講演活動を行う音楽物書き・加藤浩子さん。欧米の劇場や作曲家ゆかりの地をめぐるツアー企画でも知られ、バッハゆかりの地を巡る「バッハへの旅」は20年以上のロングセラーを誇ります。
記念すべき第1回は、ドイツの首都・ベルリン。クラシック音楽の“伝統”と“今”が交差する街を、加藤浩子さん撮影の写真と共にお楽しみください!
今を生きる音楽都市
ベルリンは、ヨーロッパでいちばんヴィヴィッドな「音楽の街」である。 音楽の街と言ったらウィーンでは?そう思われる方も少なくないかもしれない。けれどウィーンにおける音楽の大きな看板は「歴史」が担っている。大作曲家たちが暮らした家や活躍した場所が数多く残っていることが、「音楽の街ウィーン」にセピア色の彩りを添えている。
ベルリンはより「今」を生きている。もちろん、「歴史」の看板がないわけではない。ベルリンで青少年時代を過ごしたメンデルスゾーンをはじめゆかりの音楽家は大勢いるし、(ちょっとマイナーだが)飲んだくれで有名だったE・T・Aホフマンの行きつけの酒場も現存する。けれどなんと言っても、ベルリンは「今」の音楽生活が豊かなのだ。

コンツェルトハウスのステージ
まず音楽の質量が凄い。オーケストラ一つとっても、歌劇場専属のオーケストラを含めると有名なプロ団体だけで10を数える。東京にもプロのオーケストラはそのくらいあるが、東京23区の人口は1,000万人弱、ベルリンの人口は約380万人なので、オーケストラ密度?はベルリンの方が高い。
歌劇場も3つあり、どの劇場にも専属のオーケストラがある。これはとても重要なことで、同じくオペラハウスが3つあるウィーンでも、専属のオーケストラがある劇場は2つに止まるのだ。
これだけの団体が競っているので、シーズン中はかなりの確率でレベルの高い音楽が楽しめる。加えて、ホールや劇場といった「ハコ」がどれも個性豊か。ベルリン・フィルの本拠地で、豊かな残響を誇るモダンな「フィルハーモニー」は音楽ファンの憧れだが、ギリシャ神殿をモデルに造られた「コンツェルトハウス」も外せない。コンツェルトハウスの大ホールは、ウィーン・フィルの本拠地であるウィーン楽友協会ホールと同じシューボックス型をしていて、ホール自体のクラシカルな美しさに加えて温かな音響が強み。「コンツェルトハウス管弦楽団」の本拠地でもある。
「フィルハーモニー」は旧西ベルリンにあり、「コンツェルトハウス」は旧東ベルリンにある。前者は「ベルリンの壁」ができて2年後の1963年に、統一後の中心地となることを予測して、わざわざ「壁」に近いポツダム広場に建てられた。後者は、1821年に建てられた歴史的な建造物(ただし現在の建物は戦後の再建)で、柿落としではウェーバーのオペラ《魔弾の射手》が初演されている。コンツェルトハウスが建つ「ジャンダルメン広場」には、ドイツが誇る詩人シラーの立像や、左右対称な二つの教会、ドイツ聖堂とフランス聖堂が建っていて、ベルリン中央部でも歴史を感じさせる一角。ベルリンは周知の通り第二次大戦後に東西に引き裂かれたが、その間時代から取り残されていた東側には、歴史を感じさせる場所がより多く残っている。ホールや劇場は街の顔だが、そこには街の歴史が反映されているのだ。

ベルリン国立歌劇場の外観と客席

ベルリン・コーミッシェ・オーパー
モダンな西と歴史的な東という構図は、オペラハウスの建物にも共通する。「東」を代表するベルリン州立歌劇場は、フリードリヒ大王の命令で1742年に開場した「宮廷劇場」にさかのぼり、宮殿のような外観と、ヨーロッパ屈指の歴史と伝統を誇る。対して「西」を代表するベルリン・ドイツ・オペラは「市立劇場」が転じて1961年に生まれた劇場で、ガラス張りの外観が街に溶け込んでいる。旧東側にあるもう一つの歌劇場、ベルリン・コミッシェ・オパーは、現代的でシンプルな外観と伝統的で華麗な内部が同居しているのが面白い。どの劇場も個性的かつレベルの高い公演を競い合っていて、選ぶのに迷うこともしょっちゅうだ。
とはいえ、音楽の「場」は立派なハコや団体にだけあるのではない。市内の多くの教会では頻繁にコンサートが行われているし、夏の間には野外劇場ヴァルトビューネで、ベルリン・フィルの演奏会から映画音楽、ロックまで、ありとあらゆるジャンルのコンサートが開かれる。街のど真ん中に広がる広大な公園「ティアガルテン」で緑に親しんでいるベルリンっ子たちは、野外の開放的な雰囲気も大好きなのだ。音楽都市ベルリンを支えているのは、このような懐の深さなのかもしれない。

ベルリンフィルハーモニーの外観
6月に来日するベルリン交響楽団Berliner Symphonikerは、ベルリンのオーケストラの中でも学校公演やファミリーコンサートなど、市民目線の活動で親しまれている名門オーケストラ。フィルハーモニーで開催される正統的なレパートリーの定期演奏会から、ヨハン・シュトラウスのワルツなど軽めのプログラムによるニューイヤーコンサートまで、幅広いジャンルで活躍している。音楽の街に根付き、愛されるオーケストラの真髄を、人気ピアニスト石井琢磨のピアノと共に味わってみたい。
加藤浩子(音楽物書き)
https://www.casa-hiroko.com
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