【インタビュー】藤田真央(ピアノ)ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団日本ツアーに向けて

 今世界がもっとも注目するピアニスト、藤田真央。並外れた集中力と自然さという一見相反するものを併せ持ち、聴き手に音楽の深みと喜びをもたらしてくれる稀有なアーティストだ。
 この9月、その藤田がミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団とのツアーで来日する。ベルリンに拠点を移し、本格的にヨーロッパでの活動に乗り出して以来共演を重ねている名門オーケストラとの来日は、藤田にとってもエポックメイキングな出来事のはず。来日を前に、藤田真央にメールでインタビューを行い、近況や、スカラ・フィルの魅力、今回のツアーへの期待について話を聞いた。

Johanna-Berghorn ©Sony-Music-Entertainment

―2022年よりベルリンに拠点を移して活動していらっしゃいますが、移住されて最も刺激を受けた出来事はありますか?

 たくさんの音楽に触れることができることです。ベルリン・フィルは勿論ですが、ベルリンには3つのオペラ劇場があり、毎日のようにオペラが観られます。このような環境は音楽愛好家としてとても嬉しく刺激的に思います。そしてありがたいことに私はまだ学生で30歳以下なので、割引チケットでそれらの公演を鑑賞する事ができ、お財布的にも天国です。

 昨夏初めて訪れたバイロイト音楽祭にも刺激を受けました。ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》を聴いたのですが、その時の体験が未だに耳に焼き付いており、毎日の練習の最後にリスト編曲の〈イゾルデの愛の死〉を自分のために弾くことが1日で最も幸せな時間です。

オフの日はどのように過ごされているのでしょうか。

 チャーシューを煮て、炒飯を作ることが趣味です。演奏旅行から帰るとまず炒飯を作り、疲れを癒します。最近のこだわりポイントは、焦がしネギにして、油にネギの香りを良くつけてからご飯を炒めることです。口に入れた瞬間幸せが訪れます。

―今回のスカラ・フィル、マエストロ チョン・ミョンフンとの共演が決定したときの率直な感想を教えてください。

 ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団とは2022年に初めて共演を果たし、翌2023年には共にヨーロッパツアーを行いました。その後に今回の共演が決定したと記憶しております。心から信頼を置いている楽団と日本ツアーを行えることはとても嬉しい限りです。そして初めてのマエストロ チョン・ミョンフンさんとの共演も楽しみでなりません。

―「日本」でスカラ・フィルと共演することに対して、何か特別な楽しみはありますか。日本ツアーに向けた想いがあれば教えてください。

 複数回共演したことのある楽団と日本ツアーを行えることは、私にとって大変安心できることです。彼らの本拠地はご存知ミラノ・スカラ座です。装飾が煌びやかで美しいオペラ劇場ですが、日本のホールのように音響は決して良いとは言えません。そのため、彼らが日本のホールを体験し、どのように感じるか、そしてどのような音色を聴かせてくれるか、今からとても楽しみです。

―マエストロ チョン・ミョンフンとの共演で楽しみにしていること、期待していることは何でしょうか。

 チョンさんはピアニストとしても素晴らしい音楽家ですが、各地のオペラ劇場の監督を長年務めておられます。ピアニスト同士として気持ちを共有できる部分もあるかもしれませんが、それ以上に沢山の知見を活かしてこのピアノ協奏曲を振ってくださると思いますので、できる限り吸収したいです。スカラ・フィルは自分の意見をはっきり持っている元気な楽員が多いので、チョンさんがどのようにまとめてくれるのかも楽しみです。

Filarmonica della Scala ©Giovanni Hänninen
Myung-Whun Chung ©Silvia-Lelli / Mao Fujita Johanna-Berghorn ©Sony-Music-Entertainment

―ラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》の魅力、注目ポイントを教えてください。

 ラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》はとても親しみやすく有名な作品で、聴き手を虜にする要素を備えていますが、私はラフマニノフが書いた通りに演奏することを心がけています。例えばテンポや強弱についても作曲家の書いた表記を厳格に守りたいです。耳慣れた解釈と違うところもあるかもしれませんが、あくまで作曲家に忠実に演奏したいと思い研究しています。また、この作品のピアノは技巧的で音数が多く忙しいですが、そう聴こえさせてはいけません。聴こえるべき旋律やオーケストラに割り振られた大切な内声が聴き手に届くのが重要だと思うからです。

―ベートーヴェン《ピアノ協奏曲第4番》はいかがでしょうか。

 他のベートーヴェンのピアノ協奏曲は全てマーチの性格が特徴的ですが、この4番のピアノ協奏曲は一線を画しています。天国的な雰囲気を醸し出しており、美しいppでもって音楽が展開されます。ピアニストにとっては微細なコントロールが必要な作品です。思わず口ずさみたくなるような旋律はあまりなく、極めて抽象的な作品ですが、音楽そのものの美しさを表現するという点では私にとって非常にやりがいのある作品です。シンプルな音形でもひとたびオーケストラと合わせると、なぜか心に沁みわたる味わい深い瞬間が訪れます。神秘的で、まだ自分には到達できない何かを秘めている、そして時間を掛けて取り組む価値のある作品だと感じます。

―藤田さんは研究を重ねた緻密な音楽づくりをされています。今回演奏していただく2曲の協奏曲と向き合ったときのエピソードを教えてください。1曲を完成させるのにどのくらいの時間を要するのでしょうか。

 ピアノ協奏曲のレパートリーはオーケストラや指揮者と共演して、初めて理解したり気づくことが多いです。ピアノの前で一人で練習する時間よりも、オーケストラと音を重ねて本番を踏む経験が演奏のブラッシュアップに大切だと思います。その点ラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》については、2022年のルツェルン音楽祭での演奏で目覚めた気がします。ベートーヴェン《ピアノ協奏曲第4番》は、2024年のマーラー室内管弦楽団との共演で、やっとこの作品について自分の解釈に確信が持てるようになりました。譜読みには最低半年前から準備を始めるよう心がけています。本番を踏んで期間が空き、再び本番を迎える時に成長を感じることが多いです。寝かせる時間が必要なのかもしれません。

―今回のツアーは札幌から始まり、東京・横浜・名古屋・堺の全5箇所(6公演)ですが、楽しみにされていることはありますか?

 それぞれ各地にお気に入りのお店があります。ラーメン屋さん、鰻屋さん、焼肉屋さんなどです。楽しみでなりません!加えて、便利でワクワクするコンビニも大好きです。帰国するたびに進化している気がします。企業努力に感銘を受けます。

―ご来場されるお客様へメッセージをお願いします。

 スカラフィルは23歳の時に初めて共演し、その後私の人生で初めてのヨーロッパツアーを経験させてくれたオーケストラです。今後も末永いお付き合いができたら嬉しいと思います。私たちの大切な日本ツアーをぜひ聴きにきてください。

「ピアニストは作曲家の作品をお客様に取り次ぐ仲介者。作品の良さを伝えることこそ、ピアニストの醍醐味」。藤田真央は、ある動画インタビューでこう語っている。実際、藤田の演奏に触れると、作品の中に入っていって一緒に音楽を呼吸しているような気分になる。一つ一つの音を考え抜く探究心とそれを生かし切る才能は、音楽を内部から生き返らせ、照らし出すのだ。
 今回演奏されるラフマニノフもベートーヴェンも、藤田が情熱を傾けて取り組んできた作品。藤田の並外れた技巧も、絹にくるまれたような音色も、作品を最善の形で甦らせるためのツールになるはず。ピアノやオペラなど様々な共通点で藤田と共鳴する名匠チョン・ミュンフン率いるスカラ・フィルは、藤田の道のりの最高のパートナーになってくれることだろう。
編集/加藤浩子(音楽物書き)

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チョン・ミョンフン指揮ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団 ピアノ:藤田真央

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