【対談】ハンスイェルク・シェレンベルガー×石井琢磨

 ドイツの名門オーケストラ、ベルリン交響楽団が指揮・オーボエのハンスイェルク・シェレンベルガーとともに2年ぶりの来日公演を果たす。ピアノのソリストはジョルジュ・エネスク国際コンクールのピアノ部門第2位受賞(2016年)、YouTube登録者数30万人を超える石井琢磨。今回はシューマンのピアノ協奏曲などについて語り合った。

―ベルリン交響楽団は2年ぶりの来日公演となりますが、今回のプログラム構成と抱負を聞かせてください。

シェレンベルガー(以下S) 2年前の日本ツアーは大成功で、各地ですばらしいホールと熱心な聴衆に出会い、とても幸せな体験をしました。前回はベートーヴェンの交響曲第5番「運命」をメインに据えましたが、今回もベートーヴェンの交響曲第7番、第3番「英雄」、第9番「合唱付き」を予定しています。

これにシューマンのピアノ協奏曲が加わりますが、ベートーヴェンとシューマンというドイツの王道を行く作品で、日本のみなさまにベルリン交響楽団のいまの実力をお伝えできればと考えています。

石井(以下Ⅰ) わたしにとって、今回のシェレンベルガーさんとベルリン交響楽団との共演はものすごく楽しみです。ウィーンに長く住んでいて、ベルリンでこのオーケストラの演奏を聴いたこともありますが、すばらしいサウンドで心が高揚しました。

シューマンのピアノ協奏曲は1年前から準備し、いまは演奏するのが待ちきれない状態です。今回の日本ツアーではさまざまな土地を巡りますので、シェレンベルガーさんやオーケストラのみなさんといろんな話ができたらいいなと思っています。

S 今日、初めて石井さんとお会いし、少しだけ音合わせをしましたが、第1印象はとてもいいですよ。すぐにいろんな質問をしてくれ、わたしもそれに答え、音楽的に似ているものがあると感じました。ですから共演に関して大きな議論は必要ありません。 

わたしは1977年に初めてベルリン・フィルにエキストラとして入りました。ソロ・オーボエ奏者がいなかったからです。当時の芸術監督はヘルベルト・フォン・カラヤン。初めてベルリン・フィルで演奏した後、カラヤンがわたしのところに来てくれ、「わたしときみは似たような感覚をもっていると感じた」と話してくれました。本当に驚き、もううれしくて、以来このことばは忘れることができません。それと同様の感覚が今日の短い音合わせで石井さんに感じたのです。

I 本当ですか、光栄ですね。胸がいっぱいになります。カラヤンのエピソードも聞かせていただき、同じシチュエーションになったなんて、感激です。

S 一緒に演奏すると、もっとディスカッションが必要かなと思う場合もありますが、今回はまったく必要ないですね。音楽でしっかりコミュニケーションがとれますから。シューマンに対する思いが一緒なのでしょう。お互いにプロですから、テンポ、ルバートなどこまかな面の議論をせずに済みます。

わたしは指揮者としてはシューマンのコンチェルトはまだそんなに多く演奏していませんが、ベルリン・フィルには1980年から2001年まで首席オーボエ奏者として在籍しましたから、いろんなピアニストとの共演は経験しています。それも偉大な人ばかり。マルタ・アルゲリッチ、マウリツィオ・ポリーニ、ダニエル・バレンボイムたちです。

ひとつおもしろいエピソードを紹介しましょう。バレンボイムのときは指揮者がズービン・メータでした。ふたりはふだんからとても仲がいい。そこでメータがちょっといたずら心を発揮し、本番でシューマンのピアノ協奏曲の第1楽章の冒頭を、バレンボイムがまだ椅子にすわらないときにタクトを振り下ろしてしまったのです。あせったバレンボイムはなんとかまにあわせましたが、今度は第2楽章でメータがまだ用意できないうちに、バレンボイムが弾き始めてしまった。わたしたちオーケストラはそれに瞬時に対応しましたが、これは仲のいいふたりのジョークのようなもの。石井さんとはそんな冗談はせずに、しっかり合わせましょうね(笑)。

I  ぜひ、そうお願いします(笑)。でも、どんな状況になっても対応できるよう、ちゃんと準備したいと思っています。

S シューマンのピアノ協奏曲は当初「ピアノと管弦楽のための幻想曲」の第1楽章として書かれ、長年かけて発展させ、ようやくライプツィヒで完成してシューマンの妻クララのソロで初演されています。ピアノの特質を最大限生かして書かれ、シューマンの天才性が映し出されています。

I わたしは、このコンチェルトはピアノ・ソロが前面に出るのではなく、オーケストラのなかに入るという感覚を抱いています。ピアノとオーケストラが調和するように演奏したいと考えています。室内楽のような…。

S まさにその通りですね。ヴィルトゥオーゾなラフマニノフのピアノ協奏曲などとは異なり、わたしも室内楽的な要素が強いと思います。ピアノはときに前の出てみたり、またあるときは伴奏に回ったり。深みのある作品で、その面にもっとも価値があると思います。やはり同質の考えで、みごとに一致しましたね。

6月にはベルリン・フィルの本拠地であるフィルハーモニーで事前に共演が予定されていますが、それに関してはいかかですか。

S わたしはあのホールで長年にわたり演奏していましたので、故郷のようであり、自分の家のような感じもしています。いまでは多分にノスタルジックな気持ちにもなります。ホールの響きは存分に理解していますので、石井さんのピアノをしっかりサポートします。

I わたしも自分の家と思えるように、頑張ります。子どものころからフィルハーモニーで演奏された録音などを数多く聴いてきましたし、まさに夢の舞台です。夢がかなう瞬間を楽しみに、心して演奏に臨みます。シューマンのピアノ協奏曲は「ウルトラセブン」の最終回で使用されていますので、日本には結構ファンが多いんですよね。

S もちろん、歴史に名を残す偉大な巨匠たちの演奏に想いを馳せるのも大切ですか、いまはそこに新たな命を吹き込む、後世に演奏を伝えていくという姿勢も大切だと思います。「ウルトラセブン」ですか、そういうきっかけにより、音楽に入ってきてくれるのも大歓迎です。今度は全曲聴いてみようと思ってもらえたら、大きな一歩になりますね。

―今回はベートーヴェンの「第九」のアジア初演の地である徳島でツアーが幕開けしますが、ここは石井さんの出身地ですね。

I そうです、徳島では「第九」アジア初演というのが誇りなんですよ。今回は故郷で演奏できるので、本当に楽しみです。

S プログラムは3種あり、「第九」は1度だけ。もう合唱もソリストも準備万端で待っています。Aプロはシューマンの前にモーツァルトのオーボエ協奏曲をわたしのソロで指揮者なしの小編成で演奏し、シューマンへの序曲のような形にします。Bプロの「コリオラン」も同様です。わたしは岡山フィルで10年間指揮を務めましたから、日本各地を巡っていろんな聴衆に会えるのはとても楽しみ。ベルリン交響楽団の神髄を聴いてください。

I わたしも「クラシックをより身近に」をコンセプトに演奏と動画配信をしていますが、今回もひとりでも多くの人に聴いていただき、感動を分かち合いたいと思っています。

取材・文:伊熊よし子

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ベルリン交響楽団 with 石井琢磨

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