世界の音楽都市 ~第4回ウィーン~
クラシック音楽の歴史と文化が息づく世界の都市を題材に、その魅力を紐解いていく連載「世界の音楽都市」。執筆は、古楽やオペラを中心に執筆・講演活動を行う音楽物書き・加藤浩子さんです。
第4回はオーストリア・ウィーン。言わずと知れた「黄金のホール」ウィーン楽友協会やウィーン国立歌劇場といった多彩で魅力的なコンサートホールやオペラハウス、「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世に代表されるこの街で活躍した作曲家ゆかりの地など、伝統と歴史が息づく「音楽の都」を巡ります。
ウィーンは、そぞろ歩きが楽しい街である。
教会。美術館。オペラハウス。カフェ。宮殿…。どれも見応えがあり、何日滞在しても飽きることがない。
旧市街と新市街がはっきり分かれているのもわかりやすい。歴史あるヨーロッパの都市にはだいたい旧市街があるのだが、ウィーンの場合はかつての城壁を壊して造られたリングシュトラーセ(環状道路。以下「リング」)が新旧の町を厳然と隔て、リング沿いには国立歌劇場から国会議事堂、市庁舎まで壮麗な建築群が建ち並ぶ。まるで大建築の見本市だ。こんな街は他にない。

国立歌劇場客席
新市街側にも、歴史を感じさせる豪勢な建物はたくさんある。だが興味深いのはオペラハウスである。リングのシンボルと言ってもいい国立歌劇場からリングをまたいで数百メートル先に建つ「アン・デア・ウィーン劇場」は、宮殿のように堂々と建っている国立歌劇場とは違って街並みに溶け込んでおり、入り口前には市場が広がっている。この劇場はかつて「アウフ・デア・ヴィーデン」劇場といい(場所はちょっと違う)、モーツァルトの《魔笛》が初演された。観客は庶民層で、だから《魔笛》はドイツ語で書かれ、セリフで進行する「ジングシュピール」という気楽な形式をとっている。一方同じモーツァルトの《フィガロの結婚》は、国立歌劇場の前身にあたる宮廷歌劇場で初演され、貴族向けにイタリア語で書かれた。「リング(当時は城壁)」内には貴族用の劇場、外には庶民用の劇場。オペラは身分制の縮図でもあった。今ではアン・デア・ウィーン劇場は、国立歌劇場ではやらないようなちょっと尖った演目を上演したりしている。

アン・デア・ウィーン劇場
ぐっと親しみやすいのは、町外れにある「ウィーン・フォルクスオパー」。世紀末に誕生した、オペレッタやバレエ、時にミュージカル、時にオペラも上演する全方位型の劇場だ。三つのオペラハウスは、見事に「棲み分けて」いる。

フォルクスオパー
コンサートホールにも「棲み分け」はある。ウィーン・フィルの本拠地であり、音楽ファンの憧れでもあるウィーン楽友協会ホールは、純然たるコンサートホール。開館は1870年。「黄金のホール」と呼ばれる金色に輝く内装や、細かに施された彫像やレリーフは、暖かく繊細で、包み込むような音響を引き立てる効果も持つ。ウィーン・フィルの定期会員になることは、今でも大きなステータスだ。一方で、観光客向けのイベント的なコンサートにも力を注ぐ。さすがウィーン、と言ったところか。
リングの外側にある「コンツェルトハウス」は、1913年、音楽の多目的ホールを目指してオープンした。クラシックから古楽、現代音楽、ジャズまで幅広い公演が特徴だ。コンサート形式のオペラもやっており、2019年にここで観たクルレンツィス&ムジカエテルナの《ドン・ジョヴァンニ》は、客席から合唱団が現れるような演出も交えて度肝を抜かれた。いい意味で冒険的なホールなのだ。

ハイリゲンシュタットにあるベートーヴェンの散歩道と、そこに佇むベートーヴェンの胸像.
音楽好きにとっては、ウィーンで活躍した作曲家のゆかりの地巡りもたまらない。犬も歩けば棒に当たるではないけれど、ウィーンを歩けば作曲家が暮らした家に行き当たる。ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、ブラームス、ヨハン・シュトラウス2世、マーラーにアルバン・ベルク…。ほとんどの建物に、オーストリアの歴史的モニュメントを示すオーストリア国旗がかかっているのも嬉しくなる。それだけ、音楽が大事にされているということだからだ。
郊外のハイリゲンシュタットに佇む、ベートーヴェンが遺書を書いた家も外せない。周辺には「ベートーヴェンの散歩道」もあり、彼の創作にとって重要だった散歩を追体験してみるのもいいかもしれない。

ウィーン学友協会
さて、「黄金のホール」ウィーン楽友協会に定期的に出演している、「ワルツ王」ヨハン・シュトラウス2世ゆかりの団体がある。
ウィーン・ヨハン・シュトラウス・オーケストラ(以下W J S O)。「ワルツ王」の弟、エドゥアルト・シュトラウス1世の孫であるエドゥアルト・シュトラウス2世が創設したオーケストラだ。「シュトラウス」を名乗る楽団はウィーンに複数あるが、「ワルツ王」の楽団の血を引き、それを再現させるために作られた点で、W J S Oは最も重要な団体だと言えるだろう。もっともワルツ王の時代のように踊りの伴奏をするのではなく、あくまでコンサートオーケストラだが。
もちろん演奏水準もトップクラス。多くのメンバーがウィーン・フィルをはじめとする一流オーケストラのメンバーだ。湧き出るようなワルツの旋律、ワクワクさせるポルカのリズム…一度聴いたら、誰もが虜になる。
2026年1月、W J S Oはニューイヤーコンサートのために来日する。日本でウィーンの新年気分を味わえる、貴重で楽しいコンサートになることは間違いない。
加藤浩子(音楽物書き)
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