【インタビュー】 エマニュエル・パユ
with ルツェルン・フェスティバル室内管弦楽団
プログラムについて —————
この2曲の組み合わせの妙をパユが語る。
2026年3月22日、横浜みなとみらいホールでルツェルン・フェスティバル室内管弦楽団のコンサートが開催される。そこでソリストをつとめるエマニュエル・パユも「音楽監督にダニエル・ドッズが着任以来、創造性に富んだプログラムで充実の一途をたどっている」と賞賛する楽団だ。そんなパートナーを得て彼が披露するのは、ブゾーニの《ディヴェルティメント》と、モーツァルトのフルート協奏曲第1番K.313。後者はパユにとって特別な存在にあたる。

「私を音楽の道に導いたのはモーツァルト。それもこのコンチェルトが原点にあたります。
ローマで暮らしていたときの隣人がフルーティストで、 その息子さんが練習していたK.313を聴いて“あの楽器が欲しい、あの曲が吹きたい!”と両親にせがみ(笑)、6歳でフルートを手にしたのです」
そのモーツァルトに先立って配されたのがブゾーニ。なかなか演奏の機会に恵まれない作品だが、パユは2019年に録音したCD「ドリームタイム」へ同曲を収めており、2011年にNHK交響楽団と共演した際も取り上げていた(ハンスイェルク・シェレンベルガーの指揮)。ちなみに《ディヴェルティメント》の世界初演は、ブゾーニ指揮のもと1921年にベルリン・フィルが行なっている。

「ブゾーニはイタリア人ですが、ドイツではベルリンを拠点としていました。私の家とフィルハーモニー・ホールのちょうど中間にかつて彼の住んでいた家があり、仕事に行くたび目に入ります(笑)。ブゾーニの作風はいわば“ハイパー・ロマンティシズムですね”。世代的には後期ロマン派でありながら古典回帰の姿勢も見せ、しかし和声感覚は未来志向。それが渾然一体となって個性を形成している」と語るパユ。彼が掘り下げようとするのも、そんな音楽の多面性だ。
「オペラの一場面を思わせる雰囲気で始まったかと思うと、管楽器が古典派音楽のパロディーめいた動機で加わり、続く音楽はクラシカルな楽想とモダンなタッチが入り混じります。それが中間部に入ると、ヴェネツィアの街に流れるセレナードさながらの感傷性が漂い、しかし和声法や半音階的な筆致はかなり大胆。やがて主部が戻ってくると、タランテラ舞曲のステップで技巧的なパッセージが行き交い、最後は半ば唐突に快活な調子に転じます。曲の冒頭と終結部の両方が古典的に書かれているので、モーツァルトへ続く流れも自然です」

「オペラの一場面を思わせる雰囲気で始まったかと思うと、管楽器が古典派音楽のパロディーめいた動機で加わり、続く音楽はクラシカルな楽想とモダンなタッチが入り混じります。それが中間部に入ると、ヴェネツィアの街に流れるセレナードさながらの感傷性が漂い、しかし和声法や半音階的な筆致はかなり大胆。やがて主部が戻ってくると、タランテラ舞曲のステップで技巧的なパッセージが行き交い、最後は半ば唐突に快活な調子に転じます。曲の冒頭と終結部の両方が古典的に書かれているので、モーツァルトへ続く流れも自然です」
1993年にベルリン・フィル入団を果たした頃は、定期公演で独唱者をつとめた女声歌手から「ジェームズ・ディーンみたいな子がいるのよ!」と騒がれたパユも、今やベテランの域。ソロ活動歴も優に30年を超える。その間にピリオド楽器ムーヴメントが旋風を巻き起した影響もあり、モダン楽器の演奏家がモーツァルトなどの“古典派”へ取り組むスタンスに変化も生じるようになった。この点を彼はどうとらえているのだろう。

「自分自身としては、特に解釈を改めてきたと感じてはいません。しかし演奏の録音などを聴き返せば、確かに細部の練り上げ方は変わってきています。それを深化と呼べるとすれば……。モーツァルトの協奏曲は“ポケット・オペラ”にも似た音楽です。様々な登場人物が歌い交わすような場面があり、そこに光彩を添える独奏パートには、もちろん器楽的な書式も内包されています。こうしたキャラクターから立ち上る人間的な温もりや遊び心や感情の振幅によって、音楽に命を与えていくのですね。つい先日(2025年9月)、パリでフランス放送フィルとK.313を吹きましたが、私の抱くファンタジーに隅々まで沿った演奏ができたと実感しています。ルツェルン・フェスティバル室内管弦楽団とのステージでも、それが再現できると期待しています」
取材・文:木幡一誠
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