ニコライ・ジャジューラ インタビュー


このページは、過去ののキエフ国立フィルハーモニー交響楽団の
日本公演に先駆けて行ったインタビューに基づいています。

私が信じているのは、作曲家や演奏家は音楽に対し、
ただ具体的な役割を果たすだけなのです。

―本日はテンポプリモの楽屋にお越しいただきありがとうございます。キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の来日まで1か月を切りました。さっそくですが、まずはオーケストラについてお伺いしたいと思います。結成のきっかけについて、どのような経緯があったのでしょうか。

キエフの国立フィルハーモニーの建物は旧ソ連時代から長い間修復が行われていました。1995年のウクライナ独立に際し修復が完了することとなり、新オーケストラ設立の機運が高まりました。劇場の設立や修復と共に楽団が結成されることは世界中でよくあることですが、私たちの場合は国家の独立という特別な事情も重なっていました。当時の大統領は2つの式典、フィルハーモニーの再開と、オーケストラの設立の式典を行うことになったのです。

―国家の独立と直接関係しているのですね!

そうです。大事なのは、ウクライナ独立に際しては旧ソ連からの脱却と共にヨーロッパ化を目指すこととなったことです。文化政策に関しても同じで、新しいオーケストラはヨーロッパ的な楽団であるべきとされました。全世界に向けてヨーロッパ的な国家が興ったことを見せる必要があり、そのために式典にはヨーロッパ各国の大使が多く招かれました。

―なるほど。

加えて、オーケストラの設立に際しては若い演奏家を多く起用しました。若くフレッシュなメンバーから成るオーケストラは、新しい国の顔としての役割を有していたのです。
実は設立後間もなく、日本政府より楽器を寄付していただきました。今使用している管楽器のほとんどは日本からのプレゼントなのです。授与に際して日本の関係者が私たちの演奏を「未来あるオーケストラ!」と評しましたが、この言葉はとても気に入っております。事実、私たちは若い国家の代表と自負しています。

―日本とは深い縁があるのですね。そして、ヨーロッパ的なオーケストラを目指すというのは興味深いです。以前マエストロに、「あなたのチャイコフスキー演奏は誇張や派手さが見られるわけではなく、ムラヴィンスキーやスヴェトラーノフのいわゆるロシア的な爆演形とは一線を画す」と感想を申し上げたところ、「激しいチャイコフスキー演奏は魅力的かもしれないが、それは支配者の側の音楽。私は異なるアプローチをもって臨みたい」と話しておられました。

そうした演奏もたいへん素晴らしいし価値がありますが、私は敢えて別の方法を選択したいと思います。派手、華やかな音楽は聴衆に分かりやすいし、演奏もしやすい。一方、派手さを抑えて音楽を創り上げることはより難しく集中力を要求される。私は難しいほうを選びたいのです。
また、演奏のスタイルにロシア的かどうかというのがありますが、同じオーケストラでも、指揮者が違えば音楽は全く異なります。国や人種もある程度関連しますが、それよりも指揮者の人間そのものによるところがより大きいと思います。

―とすると、あなたの音楽にはジャジューラさん個人の気質が強く反映されているということですか。

その通りです。人種と音楽でいえば非常に複雑な要素がからみあっており、その関連性は簡単に説明できることではありません。それよりも、私的な要素が大きいと考えるのです。
その上で、ヨーロッパ的かどうかについて、その特徴の一つがノーブルであると考えており、自分はそう聴こえるように努力したいと思っています。

―国家や組織の方向性に、ジャジューラさんの個性がマッチし、良いバランスを保っているということですね。

そうですね、そうあってほしいです。

―それでは、ウクライナ人がオーケストラを結成し、ウクライナ人独特のものを伝えられるとすれば、どんなことでしょうか?

どう答えればいいかな、私のオーケストラでいえば、オープンで、感じたことをそのまま表現できること、熱く血の通った演奏をすることでしょうか。その上で、ドイツやロシアのオーケストラと比べても洗練された演奏を目指したいです。特にウクライナの音楽は抑揚に満ちたもので、もし音楽が平坦になれば洗練から程遠くなり、私たちの目指すものとはかけ離れてゆきます。

―ウクライナは旧ソ連の最西端、ヨーロッパの再東端に位置しますが、こうした辺境の土地から錚々たる音楽家が生まれています。ヴァイオリニストではコーガン、オイストラフ、ミルシテイン、ピアニストではリヒテル、ギレリス、ニコライエワにホロヴィッツ・・・。チャイコフスキーのルーツでもあり、プロコフィエフもウクライナ生まれです。
人口の多い大都市ではなく、失礼ながら、辺境の地で優れた音楽家が生まれるのは何か原因があると考えますか。

思うに、音楽・芸術の発展には政治経済、土地、気候、戦争や平和というのも関係しますが、それ以上に、ある確固としたルールに従っているのではないかと思います。それは、時に環境的な要素と交わることもありますが、あくまでもそれは外的な要因で、音楽そのものは独立して存在すると思うのです。
モーツァルトがザルツブルクに生まれたのはそれが運命であったのだろうし、ショスタコーヴィチが戦争中に優れた交響曲を作ったのもそうなるのが必然だった、プロコフィエフが貧しい中で創作活動を行うこととなったのも、そうあるべきであったのではないかと考えます。個人的な考えであるのですが、私が信じているのは、作曲家や演奏家は音楽に対し、ただ具体的な役割を果たすだけなのです。芸術の発展の中である機能を担っているに過ぎないのです。ショスタコーヴィチは支配の苦しみの中で素晴らしい交響曲を作りましたが、では、果たして平和の時代には素晴らしい作品を書き得なかったかというと、そうではないでしょう。それが証明です。

世界中のオーケストラはそれぞれ固有の音を持つべきです。
オーケストラは生き物であり、常に発展していく存在です。

―すると、ウクライナで偉大な演奏家が生まれたのも、環境もさることながら、音楽に仕える上で与えられた、動かしがたい運命であったと。

独特な考え方といわれるかもしれませんが、私はそう信じています。

―さて、ジャジューラさんはこの15年でオーケストラをどのように導いてきましたか。

重要な質問です。オーケストラは常に三つの大きな要素から成ります。まず一に、オーケストラに所属する楽員。彼らの能力をどう伸ばすかということ、あるいは新しい優れたメンバーを確保することを考えねばなりません。二つ目は、指揮者。私自身も発展しなければならないし、よい指揮者も招かねばなりませんね。三つ目はプログラムです。演目をどうするか、特にキエフでどんなプログラムを組むかは重要です。これら三つの要素は常に互いに連鎖しており、いずれかが向上すれば他も発展を見せます。そして、楽員同士の関係も良好になってゆきます。これらの連動を意識してからは、大きな変化、差が現れました。毎回の演奏会で成果を積み上げ、シーズンの度にレベルが上がっているのを感じます。

―シーズン毎に変化を見せるというのはそのプログラムによるところも大きいでしょうね。近年で言えば、ベートーヴェン、ブラームス、ショスタコーヴィチの各交響曲チクルス、「シューマンと同世代の作曲家シリーズ」「ベルリオーズ・フェスティバル」などの企画、またドヴォルザークの「スターバト・マーテル」やマーラーの交響曲など大作もシーズン・プログラムに見られますが、プログラムを組むときにどんなことを考えていますか?

もちろん、まずシーズン全体のことを考えますが、できるだけ内容の異なるもの、新しいものを採り入れようと務めています。この際、意欲的な内容のプログラムがお客さんを満足させ得るかどうかに注意を払っています。また、それぞれの作曲家、生誕、没後何周年というのも意識しています。
それから、ソリストの選択も重要です。高い音楽性を有する魅力的なソリストとの共演を組むことは大事です。

-パヴァロッティやクレーメルといった大演奏家も客演していますね。ペンデレツキもしばしば指揮台に登場しています。

亡くなった今となって、パヴァロッティとの共演はたいへん思い出深いものです。リハーサルが始まってわずか10分後、「このオーケストラは気に入った!」と言ってくれましたが、彼との音楽的な交流は私にとっても大切なものでした。ペンデレツキは私の親友で、多くのプロジェクトを一緒にやっています。一時難解になりつつあった彼の音楽は、最近では古典に回帰する方向となっており、興味深いところです。

―10年後にはオーケストラをどのようにしたいですか。

10年後ですか。日本でまたツアーを続けていられたらいいですね(笑)。
正直に言うと、これから先の目標として、ヨーロッパで最も優れたオーケストラの一つに育て上げたいと思っております。そのための努力は怠りません。

―「世界のオーケストラが均質化・同質化していくなかで、キエフ国立フィルハーモニー交響楽団は固有の音色を有している」と日本の評論家が評価しています。その意味においても、あなたのオーケストラはヨーロッパで唯一の存在になり得ると考えます。

そうですね、私たちはそうなれるように頑張りたい。世界中のオーケストラはそれぞれ固有の音を持つべきです。オーケストラは生き物であり、常に発展していく存在です。私は、その生き物の可能性に賭けたいと思います。長い人類の歴史からすれば、オーケストラは最近発明されたばかりのもので、私たちはオーケストラと共に、まだまだ発展してゆくと思います。

―公演がもっと楽しみになりました。

緊張感も高まってきましたよ(笑)。

―どうもありがとうございました。

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